北欧照明の中で最も有名で、そして最も人気のある「PH5」が生まれたのは1958年、今から60年も前のことです。このPH5の生みの親の名はポール・ヘニングセン、1894年デンマーク生まれ、PH5をデザインした時は彼が64歳の時です。PH5が誕生した1958年以来、世界中で数えきれない程の家庭にこの「グレアフリー」の眩しくない、そしてかつ光を照射目的場所に効率よく届ける照明が設置されています。
このグレアフリーのPH5の照明の元となったアイディアは1920年代、1924年のパリ万博のために彼が創り出したランプ「パリ・ランプ」です。つまり、彼が考え出したアイディアは100年程経った今も生き続けているということです。ポール・ヘニングセン、当時30歳。
パリ・ランプ
PHランプが初めて世界に知られたのは1925年のパリ万博。デンマークパビリオンに「System PH」として展示された3つの照明の1つ。金賞を受賞、製造したルイス・ポールセンは銀賞を受賞します。
このパリ・ランプは6枚のシェードで構成され、トップからボトムに向かって、直径は小さく、曲線は強く、角度は垂直に近づきます。現在のPH5に近い形であること、ご確認頂けるかと思います。
彼の照明理論の原点は電球からの眩しさを避けながら、電球からの光を的確なシェードの角度と重ね合わせにより効果的に目的照射位置に向けるというものです。眩しさを遮りことは、電球からの光を遮りことになりかねず、そのあたかも相反する目的を解決することの困難さは誰にとっても明白です。
どのデザイナーでも考えることは同じ、「美しいものを作りたい」。ただ、ポール・ヘニングセンはその美しは機能的に完全で、またその完全な機能を体現させる形態こそが美しくあるものの原点だと考えていました。
考えた末彼が行き着いたものは、対数螺旋理論を応用した3つのシェードを使った照明。対数螺旋とは巻き貝に見られる規則的な螺旋系。その規則とは、中心点から外形に対して引かれる半径線、そして外形に接する正接線(タンジェント)との内角/外角はどの接点でも同じであるとの規則。つまり、ある一定の理想的な角度を持つシェードを使えば、中心の光源から発せられる光の束は全て、同じ角度で下に向かって反射するということです。そして彼が考えた出した理想のシェードに当たる光の角度は37度。この光の入射角度37度は今でもどのPHランプにも採用されている角度。この角度に支えるよう、PHのシェードは全て理想的な弧を描いています。37度で入射した光はシェードに当たり反射し、をのほとんどは照明下の照射目的位置へと効果的に下されます。
この照射位置への効果的な光を反射させる照明理論だけではもう一つの「眩しさ」を軽減することはできません。そこで彼は3つのシェードを使い、これを成功させたのです。上のシェードの下端と、下のシェードの上端が合う接点にシェードを位置させること。これで、光源から発せられる眩しさは直接目に入ることなく、またかつ光は効果的な照明理論に基く反射によって目的の照射位置へと無駄なく運ばれることになるのです。
眩しを避けながら、十分な光の確保するというまるで相反する目的はこうして決着するのです。
彼の考え出した照明理論は照射場所の広さ、そして光の強さといった様々なニーズに合わせながら応用され、シェードの大きさ、そして光源の強さなどが違う様々な仕様の照明が作られました。そのいくつかは今でも定番商品として私たちの手の届くところにあります。
1950年代に入ると、電球の仕様に変化が生まれます。
より明るい電球を目指し、世の電球開発者はフィラメント部分(発光部分)からより強い光が発せられるような改良を加えていきます。その結果以前は大きくて全体が光っているような発光部分が小さく、そしてその小さい部分からより強い光が発せられる結果となるのです。その小さな部分から発せられる光はとても眩しく、人々から不平を買うことになりました。そこで、考えられたのがそれまでは透明ガラスが使われていた球部分を乳白ガラスに変えることでした。それまでの発光部分だけが眩しいといった透明球からの眩しさを球全体に分散させる仕様へと電球が変化したのです。
ポール・ヘニングセンが1920年代に考え出した眩しさを抑えながらの効果的な反射を得る照明理論は光源が一点である場合を前提にしています。
1950年初頭から世界で広がった発光体が直接見えず、球が乳白色となり光が球全体に分散される電球では彼の照明理論の前提が崩れてしまい、ポール・ヘニングセンはこの違った前提を元に、より効果的な新しい照明の開発を迫られることになります。そして出来上がったのがPH5。1958年です。彼が64歳の時です。
PH5、それまでの3シェードから5シェードに、そして電球の直下から光を下方向に向けさせるシステムが採用されています。従来通りのグレアフリーであり、そして37度との照射角度は変えず、乳白色ガラスの光源体から発せられる散らばった光を効果的に集め、照射目的位置を十分に照らすことに成功しています。
機能性が形を示し、そこに美しさを求めるこのデザインはデンマークデザインの本髄であり、このPH5はそれまでの彼の照明とは比べものにならない程多くの人々に受け入れられ、ポール・ヘニングセンが世界に与えた北欧デザインに対する影響は計り知れません。