【送料無料】【完成品お届け】【国内在庫仕様】Artek アルテック イルマリ・タピオヴァーラデザイン ドムスチェア オーク材 ナチュラルラッカー
タピオヴァーラと彼の妻、アンニッキが設計、施工まで手掛けた1946年のプロジェクト「ドムス アカデミカプロジェクト」(ヘルシンキにあった学生のための寄宿舎)。このプロジェクトに提供した一連の家具はプロジェクトを超え、スピンオフとして以降に一般販売されフィンランド国内はもとより、世界で大成功を収めることになりました。このシリーズは総称して「ドムスシリーズ」と呼ばれ、現在はArtekが復刻をし世界中に紹介をしています。
そしてこの「ドムスシリーズ」はタピオヴァーラの代表作として、今なお世界の多くの人を魅了し続けています。
デザインから製造、そしてそのプレゼンテーションまで
彼がデザイナーとして最初に得た職は当時ロンドンにあったデザイン事務所。その後、1937年にパリに移り、あの有名なル・コルビュジエが主宰する設計事務所で研修生として1年を過ごしています。1938年にフィンランドに戻った彼、得た職はその当時国内で最も手広く家具製造をおこなっていたアスコ社(「Asko-Avonitus」)でのアートディレクター。アスコ社はその頃、ヘルシンキを中心に現れだした「アーバンミドルクラス」に対応するための中高価格帯のモダンデザインの家具を市場に出すことが急務となっており、そのデザインの責任者としてタピオヴァーラに白羽の矢を立てたのです。
アスコ社からの彼への職務は期待していた通り、都会の比較的小さなアパートに住む30代の中間層に向けての中高価格帯の家具をデザインすること。機能別の様々な家具を置く大きなスペースがない都会の小さなアパートでの生活をサポートするため、コンパクトであり、またデザインする家具は多機能を含ませること(例えば、折り畳みベットなど)が至上命題となっていました。彼はこの会社からの期待に応え、多くの家具のデザインディレクションをおこない、1939年の秋にヘルシンキでおこなわれた展示会は大盛況。大成功に終わりました。ただ、発表した家具の多くは市場に出回ることはありませんでした。その理由の一つは社内の販売網の脆弱さ、そしてもう一つは1939年に始まったソビエト連邦によりフィンランドへの侵略です。
彼のデザインしたモダン家具は社内で販売を担当するエージェントから「最新すぎる」と突っぱねられてしまうのです。厳しい社内事情は、同じく起こったソビエト連邦からの侵略と相まり、彼のこれからのキャリアに大きなレッスンを残しました。
「いいものを作っても、それが陽の目を見なければ、それは「ない」と一緒だ」、そしてもう一つ 「明日は何が起こるかわからない。だから自分でデザインしたもののデザイン権は自分で管理しなければいけない」
こう悟った彼は以降、インテリアをデザインする時、そのインテリアがどのように作られ、そして作られたあとどのように消費者に紹介されるのか、つまり「サプライチェーンの全て」を自ら管理したい気持ちを強めます。そして、この件のあと彼が「兵士」として赴いたソビエトとの戦線での任務は彼のこの気持ちを確固たるものとし、退役後の彼のキャリアの方向性はこのスタイルで進み続けます。当時フィンランドでこのサプライチェーンの管理をデザイナーとしておこなっていたのはアルヴァ・アアルトただ一人。タピオヴァーラはアアルトが切り開いたデザイナーとしての新しい働き方を生涯継承することになります。
戦場での学び
1940年3月まで続いたソビエト連邦との戦争、そしてそれからすぐに始まった第二次世界大戦での影響はどの他の国と同様、フィンランドでも甚大で、関わった人の人生に大きな影響を与えました。
アスコ社に籍をおいたままタピオヴァーラはフィンランドの南東部からロシアの北西部にかけて広がる森林と湖沼の多い地方「カレリア」に徴兵されます。彼の任務は350人余りの兵士、そして捕虜と協力してその戦線における兵士の生活基盤である生活道具をデザイン、監督/施工することでした。その生活道具は多岐に渡り、主なものとしては「兵舎のデザイン、建築施工、監督」「食堂のデザイン、建築施工、監督」「避難所のデザイン、建築施工、監督」でした。これら大きな建物の施工ですが、物資の不足している戦時中であるため、与えられた道具は原始的な斧やナイフのみ、そして資材はほとんど与えられませんでした。また戦時中、これらの任務にはスピード感が不可欠です。
学校、そして実社会で彼が培った「最小で最大を生む」というモダニズムデザインの精神はこの任務に打って付け。
任務遂行のため、日頃からカレリア地方の土着にある建築方法、資材加工方法を熱心に研究し、それを応用していき、この研究は退役後の彼のデザインにも影響を与えることになります。
彼がこの任務で手に入れた最大の学びはこういった大きなプロジェクトを上手く収めることができたという自分の能力への自信、そしして設計、資材調達、そして施工までを一貫して行うことで納得行く結果を生むことができるという満足感。また、何棟も同じ建物を作らなければならない任務の中、「高品質な同じものを効率的に作り上げる」というモダニズムの本幹に触れた経験は以後の彼のキャリアに多大な影響を与えることになりました。
【Keravan Puuteollisuus社(ケラバ ポーテアリス社)との関係】
ドムスプロジェクトに供給した家具はヘルシンキ郊外にあった木工会社、Keravan Puuteollisuus社(ケラバ ポーテアリス社)が全て製造しました。
アスコ社での仕事に区切りをつけた1941年、彼はKeravan Puuteollisuus(ケラバ ポーテアリス社)でクリエイティブ、そして販売ディレターとして仕事を始ます。戦後の家具需要の増加を見込み、設備投資を続け戦後すぐに始まる家具需要にすぐに対応できるまでになっていました。この設備が整った会社との協同があったからこそ、「ドムスプロジェクト」を成功に導けたと言っても過言ではありません。
「ドムスプロジェクト」
第二次世界大戦中、軍需産業以外の産業はほぼストップ。家具業界も例外ではなく、彼が務めていたKeravan Puuteollisu社も戦争が始まり1945年の終戦まで家具の生産が全くできませんでした。1945年に家具の製造は開始されるのですが、フィンランド政府の方針により、工業資材(特に金属類や樹脂類)は全て戦後復興に直接関係のある建築業界に優先的に回され、家具製造現場には十分な資材が回ってきませんでした。
大量に、そして比較的安価にあった資材、それはフィンランドの森にあった木、バーチ材だけ。
戦後すぐに社会復興活動は活発になりましたが、大規模なインテリアプロジェクトについてはそれほど多くはありません。そんな中、数少ない大規模なインテリアプロジェクトが「ドムスプロジェクト」でした。何百もの部屋が入った学生用の寄宿舎の総合インテリアプロジェクト。既存のものは存在していない物資不足の戦後、壁紙からベットまでの全てのインテリアを総合的にプロデュースするプロジェクト。短期間、大量にそして質のよいものを提供しなければならないという高い要求です。この時、すでにKeravan Puuteollisuus社のクリエイティブ、そして販売ディレターとして働いていた彼は一方で彼の妻アンニッキと共同でデザイン事務所の経営もしていました。
「ドムスプロジェクト」の元請は妻アンニッキとのデザイン事務所とし、家具発注はすべてKeravan Puuteollisu社におこない、設計、そして製造、そしてデザイン権の管理も含む全てのサプライチェーンを管理することにしました。彼が前職のAsko社での経験を活かし、そして戦時中の任務で確信となった、「いいものを使用者に届ける方法」が初めて現実となったプロジェクトなのです。
使える資材は限られていたことは「カレリア」戦線でも同じ。彼はまったく怯みませんでした。逆にそのことを逆手に取り、バーチ材で最高のものを届けることに成功。バーチ材を金属のように自在に曲げ部品に変え、クッション素材のような快適さを座面に持たせることに繋がりました。
つねに大量生産方式を頭に描いていた彼、設備の整ったKeravan Puuteollisu社との協同でいいものをタイムリーに納品することにも成功。
学生が最も時間を過ごす場所といえば、椅子です。椅子に座り、デスクに向かい勉強、或いはラウンジチェアに座り読書。この時間を快適に過ごすための椅子。このプロジェクトのキーとなったのは椅子であったことは間違いありません。そして実際、彼がこのプロジェクトで一番時間を割いたのは椅子の開発。その甲斐があり、このプロジェクトで一番の誉となったのは椅子でした。特にドムスチェアはこのプロジェクトのスピンオフとしてプロジェクト後に単体でも一般に販売されフィンランド国内をはじめ、イギリス、そしてアメリカでも大変な人気となったのです。
ドムスチェアのもともとのコンセプトは「学生机のための椅子」
机に向かって背筋を伸ばし、何かを作業するための椅子。
そのため、食事をするための椅子としては最適です。
ただ、作業をするためのお椅子ですので、食事の前後に背中を背もたれに当てて時間を過ごすための椅子をお探しの方には不適かもしれません。
アームがあるお椅子ですので、「ゆったりと座れる」との印象があるかもしれませんが、実際に座ってみると、それほどゆったりと座れないことが分かります。
アームは新聞や本を読んだりするためには最適な位置にあります。ご自宅に素敵なデスクチェアをお探しであったり、食卓椅子としてお食事をお楽しみ頂くためのお椅子をお探しでしたら、とってもいい椅子と言えます。
「ハーフアーム」はテーブル天板下にある「幕板」には当たるのですが、座面が半分以上入った位置で当たりますので、アームがあるからと言って、椅子が邪魔になることはありません。
またハーフアームはお椅子から立ち上がる時の「手すり」となりとても便利に機能します。お歳を召した時、筋力が落ち、椅子から立ち上がるのがとって億劫になりがちです。ですが、小さいアームですが、アームがあるのとないとでは立ち上がる時の身体への負担は雲泥の差です。
そして、ハーフアームですと、お椅子に座る時、アームを避けるとために大きく回り込まずに座ることができ、アームチェアと比べ、ハーフアームチェアは使い勝手がいいのも特徴の一つです。
背座が板のものより、張地があるものの方がご想像通り、座り心地は向上します。より心地いい椅子をご希望場合は「張地あり」のものをご選択下さい。背もたれに背を付けた座り方をされる方は背、そして座共に張地があるタイプを、常に前屈みで作業をされる方は座面だけが張地だけも十分快適性を確保できますので、背面は張っていないタイプで大丈夫だと思います。
デザイン | イルマリ・タピオヴァーラ |
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デザイン年 | 1946年 |
材 | 【本体】 バーチ材、オーク材 【背座】 バーチ材 成形合板 オーク材 成形合板 |
塗装 | ラッカー塗装 |
色 | ナチュラル 、ブラック、ホワイト、ハニーステイン |
脚先 | フェルトグライド付 |
お届け形態 | 組み立て済みでお届け |
ブランド | Artek |
納期/お届け方法
ー国内在庫品ー
「バーチ材ナチュラルラッカー」「バーチ材ハニーステイン」「オーク材ナチュラルラッカー」
【納期】
こちらの商品はメーカー国内在庫品となりますことから、ご注文後2週間から3週間でお届け致します。最短納期をご希望の場合はお届け指定日の欄は空欄にてご注文をお願い致します。最短のお届け日のご案内をさせて頂きます。
国内在庫切れの場合もございます。その場合にはご注文後、おおよその納期のお知らせをさせて頂き、ご注文継続か否のご確認をさせて頂きます。
【お届け方法】
宅急便にて送料無料にてお届け致します(玄関先渡し)。
搬入設置込みの便でのお届けは行っておりません。
ーお取り寄せ商品ー
「バーチ材ブラックラッカー」「バーチ材ホワイトラッカー」
【納期】
こちらの商品はお取り寄せ(受注生産品)となるため、ご注文後、約4〜6ヶ月お待ちいただくことになります。
メーカーから入荷連絡がございましたら、お届け日のご相談のため改めてご連絡をさせて頂きます。
*製造現場、そして運送状況によりましてはお届けまで6ヶ月以上かかる場合がございます。
入荷はご注文から相当先となりますが、受注生産製品となりますことから、ご注文のキャンセルは一切不可となります。予めご了承下さいませ。
【お届け方法】
クロネコヤマトらくらく家財便にてお部屋まで搬入設置を含んだ便にてお届けをさせて頂きます。送料は離島を除き無料サービスとさせて頂いております。
お届け地域によりましてはお届け時間帯の指定が不可の場合がございます。予めご了承下さいませ。
お支払い方法
代引きができない商品となります。お支払いはクレジットカード払い、或いは事前の銀行振り込みのみとなります。
脚カットサービス
この商品につきまして、脚カットサービスをおこなっておりません。
フェルトグライズ付
この商品の脚先には「フェルトグライズ」が付いております。
フェルトグライズなしのご注文は不可となります。予めご了承下さい。
経年変化
もう数十年も使われた
ラッカー塗装された椅子のアーム部分
使われる塗装は水性のラッカー塗装。日本国内でよく聞く「ラッカー塗装」、有機溶剤が含まれ、人体そして環境に悪影響があると言われています。またきつい匂いがあり、鼻を摘んだ経験がある人もいるのではないでしょうか。環境に配した製造方法、また働く人に優しい仕事環境を目指すArtekでは、有機溶剤ベースのラッカー塗装は廃止しています。
ラッカー塗装、ずっと使った後どうなるか心配になる方、たくさんお見えだと思います。日本の家具によく使われる硬い「ポリウレタン塗装」に比べ、塗膜が薄く、そして柔らかく、経年使用と共に落ちてきます。別のお椅子ですが、何十年も使い込むことでよく使う部分はうっすらと剥離した状態となります。
「ヴィンテージ感」。買ってから状態が変わらずずっと同じ表情ではなく、使い方によって表情が変わってくる。そしてその表情は生活の歴史として椅子に刻み込まれていきます。このお椅子は、「生活の跡」と共に人生を刻むことを愉しむことのできる方のためのお椅子だと思います。
メーカー保証について
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メーカー保証はメーカーから当店に配送されてから2年間、商品が材料においても製造においても欠陥のないことを保証しています。そのため、お客様のご使用場所での保証期間を少しでも長くするため、当店は商品が入荷しましたら速やかに発送をさせて頂きます。
当店で商品の保管(最大6ヶ月無料)をさせて頂きます。ですが、保管期間もメーカー保証の2年に含まれること、予めご了承下さいませ。
以下の場合についてはメーカー保証の対象外となります。
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- 取扱説明書の記載に反した取扱い又は不適切な環境(天候、湿気、薬品、直射日光)に置くこと
- 認可されていない者によるメンテナ ンス
- 通常の使用による摩耗(例えばキャスターや表面)
- 購入者所有の素材を使用して製造している場合(COM)
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1935年に設立した会社、Artek(アルテック)。北欧モダンを代表するフィンランドの家具ブランドです。
コンセプトは、Artek=Art(芸術)+Technology(技術)。「Art」と「Technology」を融合することにより、モダン家具を追求するという、先進的な試みを行ってきました。木材を近代的な素材として確立し、確かなフォルムと安定した品質で、大量に供給できるようにしたアルテックの技術は、現在も変わらずに引き継がれています。また、必要な箇所だけ刻みを入れた部分的な成型合板化、マイクロ波とプレスチームによる木材加工など、その木材加工技術でも世界にその名を知られています。ひとつひとつが正確で芸術的なアルテック技術の功績は、国内外で高く評価されています。
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